ピボットスリーブGジャン(仮縫い) その2
スプリットラグランから通常の袖山に変更。
やっぱりスッキリしててこっちの方が良いね。
襟ぐりを前中心で下げ過ぎていたので若干詰めて、衿先の角度も尖らせすぎないよう修正。
生地が良かったらシンプルなのも良さそう。
ピボットスリーブなので袖底とチェストのダーツ分量を1本の切り替え線で同時に処理できちゃいます。
Gジャンの魅力の一つである、アメリカ的な合理性あるパターンメーキングを自分なりに表現してみました。
肩甲骨のあたりでヨークの切り替えっぽいダーツを。
ダーツ分量はマニピュレーション(ダーツ操作)で加えた物なので
フィット感を高めるというより肩甲骨あたりのゆとり分確保の為です。
あまりゴテゴテさせたくなかったでのでシンプルにしたけど
もう少し要素を加えても良さそう。
袖の後ろのピョコっとした部分。
アイテムにもよりますが、通常袖は腕を下げてる姿勢での綺麗さを重視し製図されます。
一方ピボットスリーブは腕の上げやすさも考慮されているので
「腕を上げやすくする為の運動量」が畳まれてピョコっとなっているわけです。
恐らくこの出っ張ってる部分がなんかなあ、という人もいるでしょう。
運動量を取るか見た目の綺麗さを取るか、その辺は好みですね。
ポケットデカ過ぎた。
製図上では平面ですが人体は立体。当たり前ですが見る角度によって印象も変わります。
要はバランス。
パッチマシマシ仕様()
アクの強い服は好きだけど最近の感じじゃ無いか(´・ω・`)
イチロー選手がついに引退。これぞまさに平成の終わりという感じですね...。
当たり前なはずなのに、イチローでも引退する時が来るんだなあと。
引退会見での質疑応答はイチローらしいところが随所に見れて見応えがありました。
個人的にグッときたものを抜粋。
生きざまでファンに伝わっていたら嬉しい事は?という質問に対して。
生きざまというのは僕にはよく分からない。
生き方という風に考えれば、人よりも頑張るなんて事はとてもできない。
あくまでも「量り」は自分の中にある。
量りを使いながら、自分の限界をちょっと超えていく。
そうするといつの日かこんな自分になっているんだ。
少しずつの積み重ねでしか、自分を越えて行けないと思ってるんですよね。
一気に高みにいるとすると、今の自分とギャップがありすぎて、それを続けられない。
地道に進むしかない。
ある時は後退しかしない時もあるので、自分でやると決めたことを信じてやっていく。
でも、それは正解とは限らない。間違ったことを続けているかもしれない。
遠回りをすることで、本当の自分に出会えると思っている。
自分にはこれが「他人と比べる必要はない」「間違いや失敗も無駄ではない」
という励ましの言葉のように感じられて、頑張ろう!という気になりました。
他にも弓子夫人や愛犬の一弓に対しての感謝、ファンに対する思い、菊池雄星とのエピソード(笑)
小林君も集中力切れてるんじゃないの??聞いてらっしゃいます??とか笑
野球が頭を使わない競技になっていっていることへの危機感など、興味深い話ばかり。
そして最後の、マリナーズ時代は孤独を感じていたという話に関して
孤独感はずっと感じてプレーをしていたか?という質問に対して
現在それは全くないです。それとは違うかもしれないんですけど、
アメリカでは僕は外国人ですから。外国人になったことで
人の心をおもんぱかったり、痛みが分ったり、今までにない自分が現れた。
情報として知っていても体験しないと、自分の中からは生まれないので、孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。
その体験は自分の未来にとっての大きな支えになるんだよと今は思います。
だから、辛いことしんどいことから逃げ出したいと思うことは当然だと思うんですけど、
元気な時、エネルギーのある時にそれに立ち向かっていくのは人として重要な事だと思います。
それまでの砕けた雰囲気から打って変わって、ゆっくり言葉を紡いでいくイチローの姿にはグッときました。
やはり選手としての能力だけじゃなく、人柄もエンターテイナーなところも
何もかもひっくるめてのスターだったんだなと。
これからもいろんな話が聞けたらいいですね。本当に長い間お疲れさまでした。